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あなたの肌は縄文人タイプ?それとも弥生人タイプ?

そのシミ、縄文型の肌だから? ポーラが仮説、研究へ
2011年10月17日11時47分 asahi.com(朝日新聞)より
 日本人の肌のシミをつくる遺伝子の型は古代からほぼ2種類しかないことを確かめる研究を、化粧品会社と国立科学博物館が今月から共同で始める。研究者は、古代日本人になぞらえ、シミが「できやすい=縄文型」「できにくい=弥生型」という仮説をたて、肌のケアに役立てようとしている。

 シミやそばかすができる仕組みの研究や対策商品の開発は、化粧品大手によると「各社がしのぎを削るテーマの一つ」。そうしたなか、化粧品会社ポーラ・オルビスホールディングスの本川智紀主任研究員(37)は、メラニンを作る細胞の表面にあるたんぱく質「MC1R」の遺伝子に着目。現代の日本人251人分のMC1Rを調査し、シミのできにくい型と、できやすい型の二つにほぼ集約できることをつかんだ。

 本川さんは日本人のMC1R遺伝子がほぼ2種類しかない状況は、海外にくらべて人種交配が比較的少なかった島国のため、古代から変わらないと推測。他の遺伝子研究でも成り立ちが古いとされるシミのできやすい型は縄文人が持ち、後から生まれたとされるできにくい型は弥生人が持つ、という仮説を立てた。

 これに対し、人骨のDNA研究に詳しい国立科学博物館の篠田謙一さんも、「地域的な遺伝子分布の違いがどの時代までさかのぼれるのか明らかになれば、日本人の起源の更に詳しい解釈が可能になる」と期待。縄文人の骨のDNAを提供し、本川さんの研究に協力することにした。

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縄文人と弥生人は別の民族?

シミは本当に嫌ですね。ある日突然鏡を見てできていると、肌の衰えと年齢が増していることを嫌がうえにも認めざるえません。

縄文型と弥生型の議論ですが、シミのできやすい型は縄文人で、できにくい型は弥生人が持つと仮説をたてています。これは縄文人の生活圏が主に森林地帯だったのにくらべ、弥生人は平場であったことと関係しているのでしょうか。

縄文人の後に弥生人という考えは、たぶん小学校や中学校の歴史の時間で縄文時代から弥生時代と日本列島に住んでいる人達の文化が変わっていったように教わりますが、実際は縄文文化と弥生文化が共存していた時期があったと何かの本で読んだ記憶があります。

歴史的にみると、縄文人とはどんぐりを主食とする文化でありどんぐりの木が生えている森林地帯に住んでいたと言われ、弥生人は学校で習うとおり米を栽培する文化をもつ民族であり河川等の近くの平地に住んでいたといわれています。

素人的な考えでいうと森林地帯は太陽からの紫外線が木々で遮られ、紫外線からの抵抗力が落ちていったと思われます。一方余り木々が少ない平地では森林地帯に比べ太陽からの紫外線に当たる機会が増え、必然的に紫外線からの抵抗力が増していったとも考えられます。

また別の考え方でいえば、弥生人がもともと日本列島に住んでいた縄文人とは全く別の民族であり、大陸等から移住してきた民族であった可能性もあります。遺伝的に異なるとなるとそのように考えてもおかしくないかと思われます。

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