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うなぎ

土用の丑の日の今日、スーパーに入ると、うなぎ、うなぎ。ただで暑いのにうなぎのかけ声を聞くと本当に熱くなる。しかもあの値段、日本うなぎが絶滅危惧種に指定されるかもしれないといわれているのに、そんなことはおかまいなしに、うなぎ、うなぎ。なんでこんなに、うなぎばかり売ろうとするのか。

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ごんきつね

土用の丑の日はうなぎの日。江戸時代の学者平賀源内が考えたうなぎ販売促進のキャッチコピーというが、うなぎというと小学生の教科書にでてくる「ごんきつね」を思い出してしまう。
両親のいない小狐ごんは村へ出てきては悪戯ばかりして村人を困らせていた。ある日ごんは兵十が川で魚を捕っているのを見つけ、兵十が捕った魚やウナギを逃すという悪戯をしてしまう。それから十日ほど後、兵十の母親の葬列を見たごんは、あのとき逃がしたウナギは兵十が病気の母親のために用意していたものだと悟り、後悔する。

母を失った兵十に同情したごんは、ウナギを逃がした償いのつもりで、鰯を盗んで兵十の家に投げ込む。翌日、鰯屋に鰯泥棒と間違われて兵十が殴られていた事を知り、ごんは反省する。それからごんは自分の力で償いをはじめる。しかし兵十は毎日届けられる栗や松茸の意味が判らず、知り合いの加助の助言で神様のおかげだと思い込むようになってしまう。それを聞いてごんは寂しくなる。

その翌日、ごんが家に忍び込んだ気配に気づいた兵十は、またいたずらに来たのだと思い、ごんを撃ってしまう。兵十がごんに駆け寄ると土間に、栗が固めて置いてあったのが目に留まり、はじめて、栗や松茸がごんの侘びだったことに気づく。

「ごん、おまえ(おまい)だったのか。いつも、栗をくれたのは。」と問いかける兵十に、ごんは目を閉じたままうなずく。兵十の手から火縄銃が落ち、筒口から青い煙が出ているところで物語が終わる。(ごん狐 – Wikipediaより)

セロ弾きのゴーシュ

ごぎつねのラストは、どうしても宮沢賢治原作のセロ弾きのゴーシュのラストとダブってしまう。

それからまどをあけて、いつかかっこうのとんでいった遠くの空をながめながら、
「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれはおこったんじゃなかったんだ。」といいました。

宮沢賢治最後の作品といわれるこの作品。このラストフレーズほんとうに深い言葉だと思う。

暑い夏の日、うなぎから連想する物語は身を引き締め、だらけた心を目打ちする。

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