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よるのさんぽずきが選ぶ今年のベストコラム

今年いろいろなコラムを書きましたが、個人的に気にいっている2編のコラムを紹介します。
今年は2月にブログを立ち上げ、それから継続的に更新をつづけ良くここまで書きつづけることができたなと個人的に満足しています。この1年こんなに真剣に自身の疾患(変形性股関節症)について調べ、いろいろ考えた年は過去ありませんでした。

子供の頃の手術からずーと頭の片隅にある脚への不安、そしてそれを誰にも話すことができないモヤモヤ感。仮に話したとしてもはやりこの脚の違和感や毎年少しづつ衰えてくる脚の状態を理解できる人はいなく、それが逆にストレスになってしまう。でもそれがブログでいろいろと自分の脚のことを書くことにより、なんと楽になるのか・・・。このような破茶滅茶なコラムを読んでもらい理解してくれるのはやはり同じような疾患で悩んでいる方が大半だろうと思い、そのような人がいると思うだけでも安心でき、今まで心のなかに蓄積していた不安感が徐々に消えていった一年でした。本当に一年間私のブログを読んでいただき心から感謝します。

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今日紹介するコラムは猫に関するコラムです。

小学生の頃、台所から土間に降りよとしたときにいきなり飛び出してきた子猫を踏み潰してしまった私は、小学生から中学にかけて子猫を踏んでしまった左脚を呪っていました。いつも心のなかで子猫に対する罪滅ぼしのような感覚で手術をした左脚がまた悪くなることを当時は願っていました。今考えると本当におかしな子供であったと思います。でもそんな感覚を持ち合わせたせいか猫に対しては特別な感情を今でも持っています。猫にだけは優しく。大人になるとそんな感覚が鈍ってしまいますが、ブログで10代の頃の自身を思い出すと、つい猫に関するコラムを書きそんな子供の頃の体験を昇華させたかったのかもしれません。

迷い猫

お笑いタレント猫ひろしさんがカンボジア国籍を取得して、カンボジア代表のマラソン選手として来年のロンドンオリンピック出場をめざすという。


日本の猫がカンボジアの猫になってニャー。オリンピック出るんだニャー。良かったニャー。そんな飲み屋で酔っ払いが冗談で言うような誰もが驚くプランを真面目に実行しようとする猫ひろしさん。そんな簡単に日本国籍を捨ててしまっていいのか?本人はいたって日本人のままだと思っているだろうが、実際の国籍と本人がもっている民族性・アイデンティティ(自己同一性)との違いで悩む在住外国籍の人が多いと聞く。オリンピックに出たいという夢は理解できるが、そんなすぐに国籍を変えてまで行う価値ある行為なのかと他人事ながら心配になってしまう。


猫というと我が家では二匹のメス猫を飼っている。親子であるが最近その子供であるほうの猫が子猫を生んだ。子猫は人にやったりして2匹になったが、ここ一週間おもしろいことに祖母猫のほうが、その子猫(孫猫)をかわいがるようになってきた。私の過去の経験で自分の子以外の猫をかわいがる姿なんて見たことがないのに、その子猫を舐めたり抱きついたりしている。親猫の腹の中に別の子が入ったからなのだろうか?それで仲間の猫を守る意識が働いて孫猫をかわいがるようになってきたのだろうか?


猫も人間と同じということなのか?そういえばそんな状態で3日前の夜に私が一匹の子猫を連れて家の近くの広場に出かけると何故か二匹の成猫がついてきた。いつものことであるので特に驚きもせず、過去何回も子猫を連れていった場所なので簡単に家に帰ってくるのものだろうと思いその子猫を放したら成猫と一緒に子猫が走りだしどこかに消えてしまった。距離にして自宅から50m程。はぐれたときは決まって大声で鳴くのに、その日に限っては子猫がいないと気づき家からその場所にもどってみても鳴き声一つ聞こえない。


まるで神隠しにあったようである。その子猫はどこかよその家に迷い込んでしまったのだろうか?それとも川などの落ちて溺れてしまったのだろうか?走ることに夢中になり迷い猫と化しその存在を消してしまった子猫。迷い猫は戻らない。走ることをやめ周囲の環境の変化に気づくまでは。

真夜中の散歩

一昨年の11月に我が家で飼っている猫に子猫が生まれた。11月というと、これから雪が降るこの時期である。通常この寒い時期では子猫は育たない。だから駄目だろうと思い、ほっといていたら何故か一匹だけ生き残ってしまった。当初は飼う気もなかったが、真冬の寒さを耐えしのぐ運の強さというか生命力の強さに心動かされ家で飼うことに決めた。


2月3月という時期はまだ寒く、あまり子猫がきままに歩きまわれる環境ではない。この時期に歩くようにしないと足腰の筋力が付かず猫としての運動能力が落ちてしまう。そこで比較的天候が安定している夜に強制的に子猫を家の近くの畑や田んぼの畦道を歩かせるようにした。


真夜中の散歩、何年ぶりの散歩だろうか。二十歳のころ、こっそりおこなっていた散歩と似た感覚をおぼえながら子猫との散歩はつづいた。でもこの散歩は散歩というより、軽いトレーニング?リハビリ?といったほうが良いのかもしれない。


子猫との散歩は日々歩く距離が増え最高で2キロ以上あるいた時期もある。この時期の猫は疲れ知らずで常時走り回っている。途中にかならずお気に入りの木があり、そこを登ったり、これまた猫にとってはお気に入りの絶景スポットがあり、必ず同じ場所でじゃがみこみじっとまわりを見回している。


いまでも晴れた日など、その猫は夜散歩に連れてってほしいと眼で合図することがある。もう十分育って一匹で歩きまわれるのに、遠方のお気に入りスポットにはちょっと一匹では行けないみたいである。


猫のお気入りスポットは、ここ数年風景が変わらない。でも私が歩いた二十年前の世界にはない風景である。二十年前との風景はもう漠然としか思い出せないが、あの青白い世界はもどってこないだろう。

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