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ランタン

10月31日はハロウィーンである。日本でも仮装した若者が街中を歩き年々盛り上がりが顕著になってきている。もともとハロウィーンは、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であった。しかし近年は子どもや若者が楽しむイベント的要素が強くなってきている。

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ジャック・オー・ランタン

ハロウィーンというと、カボチャの中身をくりぬいた「ジャック・オー・ランタン」が有名である。酒好きの悪賢い男が悪魔をだまし、死んでも地獄に落ちないという約束をしたが、死後、生前の行いの悪さから天国へいくことを拒否され、悪魔との約束により地獄に行くこともできず、カブに憑依しこの世を彷徨い続けている姿だとされている。もともとはカブであったが、かぼちゃの生産が多かったアメリカではカブからかぼちゃにスタイルを変え現代のあの独特な表情に至っている。

ランタンというと、通常手下げランプのことを意味するが、元素記号 La ,原子番号 57,の元素もランタンと言う。ランタンの名称は、セリウムの影に隠れてなかなか見付からなかったから、ギリシャ語で「人目を避ける」と言う意味の lanthaneinから命名されたという。 暗闇を照らすランプもランタン、人目をさけて見つからなかった元素もランタン、同じランタンでも意味合いが全く逆である。

ランタンの光は希望の光ではなく、あきらめの光?絶望の光?

現代の日本において、暗闇を照らすランタンの微かな光が恐怖を倍増させている。ランタンの光は希望の光ではなく、あきらめの光?絶望の光?暗闇のなかの潜む真相が微かな光で照らされると、恐怖が世間を覆う。原子力発電所問題、冤罪、年金社会保障、安保関連法案、普天間基地移設問題、TPP等等。知らせないほうが得とばかり都合の悪い情報を闇に葬りさり、知らないふりをして思考停止のままでいる。それは暗闇のなかで幸せなんだと思い込ませながら彷徨い続けさせる魂と同じである。

見つからないことがよいことが良いのか、それとも見つけられる光を求めることがよいことなのか、ジャック・オー・ランタンが照らす光は日本をどのように照らすのだろうか。地獄にも行けず、天国にも行けず、ただ彷徨いながらいる姿を、冷静に勇気をもって直視しなければならない。

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