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体育の日に思う事

今日は体育の日。文部科学省はスポーツ庁なる新たなる組織新設を目指し動いているが、スポーツ庁なるものは今の日本に必要なものなのかほとほと疑問に思う。スポーツ立国を目指すのはかまわないが、不況・デフレ経済のなかで国民の反対の声も耳も傾けずに増税路線に舵を切ろうとしている最中に何故新組織を作らなければならないのか?国の考えていることはよくわからない。スポーツ庁ができれば結局厚生労働省も高齢者や障がい者をターゲットにして機能回復・維持のためのスポーツを掲げて同じような組織をつくり、外務省もスポーツ交流とかうたい似たような組織をつくっていくように思える。

日本は健康である人が行う一般的なスポーツと身体障がい者が行うスポーツの二極化がすすんでいると思う。でも政治と同じように第三極のスポーツが必要ではないと私は思う。本来人間の身体的状態を健常者と身がい者という2タイプのみで分類していること自体おかしいことであり、それ以外に健常者や身がい者に属せないグレーゾーンにいる人達がたくさんいると思う。問題はこのグレーゾーンの人達のスポーツ振興をどのようにすすめるかであり、これは医療的にも教育的に大きな意味合いをもってくると考えられる。はたしてスポーツ庁なる役所はこの人達にスポットライトを当てる施策をうつことができるか、興味深々である。

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体育の時間の見学時の嫌な経験が蘇ってきて、それがすべてを暗黒の世界に変えてしまう。

体育に日に縁がない私、スポーツに関して学生の頃の良い思い出はほとんどない。嫌、良い思い出はあるのかもしれないが、やはり体育の時間の見学時の嫌な経験が蘇ってきて、それがすべてを暗黒の世界に変えてしまっているように思える。たぶんこのブログを読んでいる方で私と同じように体育の時間を見学で過ごされた方がいると思う。その人なら理解できるとおもうが、義務教育の体育の時間における分別化が様々な身体的条件をもつ人達のスポーツ交流をゆがめさせている根本原因だと思う。日本のスポーツの前提は健康であること。健康でない人ないしはスポーツをしてはいけないと医者に止められている人達は、もうスポーツという共有空間から消去され別空間に移される。その別空間の代表が障害者スポーツであるが、そこに属せない人達はどこに行けばいいのという感じである。

今はどうか知らないが、私の学生だった頃はこのグレーゾーンにいる人達のスポーツ教育は未開拓の分野であり、教育放棄の時間であったと言っていい。人は誰でも歳をとれば身体の機能が低下して健常者から障がい者へとかわっていく。でも事故や突発的な疾患は除いていきなり健常者から障がい者になる人は稀であり、ある期間時間をかけてゆっくり移行していく。この移行期間がグレーゾーンと考えれば良いわけであるが、この期間でのスポーツに対する接し方、取り組み方が日本人全体に認知されていないように思える。

本来教育現場において、このような人達のスポーツの取り組み方や一般健常者を交えたスポーツ訓練、障がい者を交えたスポーツのあり方を学ぶことが大切だと思う。でも私が学生だった時よりは少しは良くなったとは思うが、インクルージョン(包括)的なスポーツ教育はされていないように思える。

身がい者、健常者、グレーゾーン(病弱者等)の交流・理解の場をつくることがスポーツの目的の一つだとおもうが、第三極的な人達を想定にいれてないスポーツはあまり意味がないと考える。グレーゾーン(病弱者等)の人達のスポーツの機会を認め、障がい者と同じように機能回復・向上の視点からスポーツ支援していく必要があると思う。

スポーツ庁創設へ 来年度概算要求、文科省が調査費 世界で活躍、日本に活力
2011.9.16 02:00 MSN産経ニュースより
 文部科学省がスポーツ振興を担う「スポーツ庁」を創設する方向で検討を始めたことが15日、分かった。早ければ平成25年度の新設を目指し、24年度予算案の概算要求に諸外国のスポーツ省の視察などを行うための調査費を盛り込む。五輪でのメダル獲得が伸び悩む中、スポーツ振興を国家戦略として位置づけることでスポーツ立国を目指す。

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