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全力疾走

この歳になると全力疾走で走る機会がない。でも走ったとしてもたいして走れないだろう。毎日少しづつ身体を慣らしていかないと全身の筋肉痛になってしまうから。それとたぶん脚自体の痛みも発生する可能性があるから、脳が拒絶してしまうと思う。

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思考・身体の全力疾走は一時の自己満足。ゆっくりととまりながらすすんでいったほうが身のためである

変形性股関節症のため中学生から高校生まで運動制限をかけられていた。その影響からか25歳になるまで全力疾走をした記憶がない。どんなに急いでいても絶対に力をセーブして歩いていたし、仮に走ったとしても心臓がバクバクいうような走り方はしなかったと思う。そう脚を鍛えようと1年間の新聞奨学生をした時分も全力疾走はしなかっと記憶している。

新聞奨学生時、自転車を使って約300部の新聞を配っていた。毎日、専売所から自分の配達のエリアまで途中2ヶ所の交差店を通り一本の坂道を利用していた。坂の勾配はかなり急で歩くのもしんどい坂である。その坂を自転車に約300部の新聞を前籠と後ろの荷台に積んでいっきに降りていく。途中の信号は完全無視である。300部の部数を自転車に載せて坂をくだる場合、前籠に載せた新聞を肩で支えておりていくことになるが、赤信号が点滅しているとの理由でスピードがついた自転車を急ブレーキをかけて途中で止めれば、まずバランスを崩し倒れてしまう。約1年の新聞奨学生であったが、その交差点で車にぶつかりそうになったは1回だけである。そのときは道に真ん中で自転車を倒してしまい、道中新聞だらけにしてしまった。

いまもその交差点を通過して誰かが新聞を運んでいる。たぶん自転車で運ぶ人はいないだろう。バイクなら途中でとめられる。私の無謀な疾走。無意識に全力疾走しない身体が、スピードと恐怖心に快感を覚えた時期でもあった。

止まれない恐怖は快感でもあるが、何かあった場合は取り返しのつかない事体をまねく恐れがある。何事も止まりながら、ゆっくり考えていったほうが良いとつくづく考える。変形性股関節症も、ある時期は痛むがある時期になれば痛むが引く、思いつめて真っ直ぐに考えるのは良くない。思考・身体の全力疾走は一時の自己満足。ゆっくりととまりながらすすんでいったほうが身のためである。

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