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八百長勝負

 大相撲の八百長問題報道も最近はなりをひそめ何かいつのまにか問題が終わったような感じである。あんなに騒いだから、それなりの結論を示してもらいたとおもうが、いつの間にか本場所がはじまり、いつの間にかNHKで放送され、いつのまにか横綱が優勝しているような感じがする。

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八百長の語源

八百長の語源とは、ウィキペディアで「八百長」と検索をかけると「由来」の項目で以下のような説明がされている。

八百長は明治時代の八百屋の店主「長兵衛(ちょうべえ)」に由来するといわれる。八百屋の長兵衛は通称を「八百長(やおちょう)」といい、大相撲の年寄・伊勢ノ海五太夫と囲碁仲間であった。囲碁の実力は長兵衛が優っていたが、八百屋の商品を買ってもらう商売上の打算から、わざと負けたりして伊勢ノ海五太夫の機嫌をとっていた。しかし、その後、回向院近くの碁会所開きの来賓として招かれていた本因坊秀元と互角の勝負をしたため、周囲に長兵衛の本当の実力が知れわたり、以来、真剣に争っているようにみせながら、事前に示し合わせた通りに勝負をつけることを八百長と呼ぶようになった。(フリー百科事典 ウィキペディア(八百長)より)

八百長は本当に悪いのだろうか

 
 相撲は、スポーツなのか、格闘技なのか、ショーなのか、それとも???。見る人、関係者によってその定義は異なると思うが、相撲以前にこれと同じような論争がおこった興業がある。プロレスである。戦後、(故)力道山の活躍により国民の人気をはくしたプロレスにおいて、当時の日本人の誰もがプロレスが真剣勝負ではない八百長試合であると思っている人は誰もいなかったと思う。力道山からつづく(故)ジャイアント馬場やアントニオ猪木の人気により、そのプロレスの神話はますます広がり正当化されていく。当時、プロレスは最強の格闘技とプロレスファンなら当然考えていただろう。しかしそのプロレスも格闘技性を追及する様々な新興団体の誕生によりその神話が崩壊し、いまでは完全にショーという認識が浸透化されてしまった。今プロレスファンで、プロレスの全試合が真剣勝負だと思ってみている人は誰もいないだろう。

 
 そんなプロレスの試合でも怪我もするし一歩間違えば命も失いかねない。現実にベテランの人気プロレスラーが技をかけられマットの上で亡くなっている。(故)力道山、天竜、輪島、維新力など相撲からプロレスに転向し成功した人は多い。今、彼らはいままでの大相撲の八百長報道をどのように見ているのだろうか。

 八百長は本当に悪いのだろうか。プロレスもそうだろうが、八百長が、八百長とわからない状態で勝負をするのがプロなのではないだろうか。ガチンコ勝負、八百長勝負、それを見分けるのも一つの楽しみ。そんなファンの余裕みたいなものがもう少し欲しいと思う。ファンがもとめるものは、勝負性ではなく安心である。決まりきった型から番付通りで勝ち負けが決まる安心である。もし相撲が格闘技性を追求したものなるのなら、たぶん怪我人が続出して安心して見ていられなくなると思う。

相撲の内容を決めるのもファンしだい。もともとは縁起物の興業である。ハッタリもまたファンの楽しみである。

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