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再投稿:エスペラント(希望する者)

独自ドメイン化(アドレス変更)により先週から今週にかけブログの更新を休んでいた。この間301リダイレクト、canonicalタグ、ウェブマスターツールのアドレス変更等をしようと試みたが、どれもうまく行かず途中で断念。本当はきちんと変更をしてから再スタートとしたかったのだが、調べれば調べるほど無料のブログサイトでは上記の変更に関しては面倒なようなので、当分のあいだのアクセス数の激減を覚悟のうえ再スタート。これら変更は時間をかけて調べながら対応していきたいと思う。正直ここ2、3日はブログの引越しという言葉が頭のなかを行ったりきたり。でもせっかく慣れてきたブログサイトなので、ここで変えるのも勿体ないような気がして、それは考えを消去。

ここ2、3ヶ月は冬ごもりという感じで初心に戻ってコツコツ書いていきたいと思う。自分の脚のことも、また意識を幼少期に戻してそこから現代にむけて記憶を蘇らしていけたらなと思う。たぶんこのブログの当初書いた股関節症に関する体験談とはまた違った内容のものが書けるかと思う。まだ股関節に関して記憶のなかで眠っている事件が山ほどあるかと思う。嫌な記憶、嬉しい記憶(嬉しいことは少ないな・・・)、悲しい記憶、すべての記憶を蘇らして頭のなかを空っぽにしたいと思う。
これから良いイメージこのブログを書きたいので、6月12日投稿記事「エスペラント(希望する者)」を紹介したいと思う。アドレスは変更になりましたが、これからもブログ「水のなかの風景」をよろしくお願いいたします。

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エスペラント(希望する者)

1906年6月12日に日本エスペラント協会が制定された。その日を記念して今日6月12日はエスペラントの日だそうである。

エスペラントは人工言語である。創案者のラザロ・ルドヴィコ・ザメンホフが「エスペラント博士(Doktoro Esperanto)」というペンネームを使って発表したため、しだいにこの名で呼ばれるようになった(「エスペラント博士の国際語」と呼ぶのは面倒)。この「エスペラント」とはエスペラントの単語で「希望する者」という意味である。(Wikipedia:エスペラントより)

 明治時代に様々な有識者がこの言語にかかわっている。そのなかでも宮沢賢治と柳田國男は特に有名である。


宮沢賢治にかんしては以前このブログでも書いたが(4月22日投稿 銀河の海をもぐったら(カテゴリ:回想記))宮沢賢治の造語であるイーハトーブは、エスペラント語ではないかという説がある。イーハトーブは賢治の心象世界中にある理想郷を指す言葉であり、岩手県をモチーフとしたとされている。賢治の作品の短歌や詩を自らエスペラントの翻訳したりしているので、案外この説もまんざら嘘ではないかもしれない。

一方柳田國男は日本の民族学のパイオニア的存在であり、岩手県遠野地方に伝わる伝説をまとめた「遠野物語」は特に有名である。柳田國男は国際連盟の委任統治委員会日本代表時代に国際連盟がエスペラントの採用するように運動した。自身もエスペラントの学んでいるので、エスペラントに関するかかわり方は尋常ではないいえる。

 柳田國男の代表作「遠野物語」の舞台となった遠野地方は、宮沢賢治が生まれた花巻のすぐちかくにある。個人的なはなしだが、仙台市のある会社を辞める前に一週間ほど休暇をとりこの遠野と花巻をぶらっと旅行をしたことがある。花巻は賢治ゆかりの地、遠野は遠野物語の舞台。共に日本文学史に足跡を残した人物作品の舞台である。ひとりわくわくしながら旅行をしたことは、いまでも良い思い出になっている。


宮沢賢治と柳田國男、タイプのちがう作家が同じ言語で結びつくとはおもしろいと思う。エスぺラントは希望する者という意味であるが、明治時代に時代を切り開いた先人は、この言葉に未来の希望を感じたのかもしれない。

今日本に必要なメッセージは希望である。エスペラントという言語から希望する未来を考えるのもわるくはない。
 時間があればもう一度遠野と花巻に行きたいと思う。ほんとうに懐かしいです。

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