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原子力事故を変形性股関節症の症状で捉えてみると

福島第一原子力発電所の事故がおきてはや2ヶ月の時間がすぎた。この原子力発電所の事故はほんとうにやっかいである。常に冷やさないと原子炉の熱があがり、ある条件がそろうと臨界がおこり放射能を周囲に撒き散らす。なにかまるで炎症をおこしている関節みたいである。常に関節周辺の筋肉をほぐして血液循環を良くしてをしていないと炎症が起こり、そこから痛みが発生してその痛みが身体にさまざまな変調をひきおこしていく。痛み=放射能みたいな位置関係であるが、関節の痛みが心の痛みを生み、それが他の臓器の疾患の引きがねになり、さらなる痛みを生み出していく。それと放射能が一面的な被害ではなく多面的複合的に社会に被害を与えていく状態に比較すること事体ナンセンスでくだらないことかもしれないが、変形性故関節症の症状で悩まれている方からみたら似たような感じがしてならない。

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廃炉になるまで・・股関節が機能を失うまで

さて事故をおこした原子炉の最後は廃炉である。変形性股関節症における関節も運がよければそのままの状態でしのげるが、運がわるければ人工関節に置換されてしまう。原子炉は廃炉になるまで最低10年といわれているが、股関節も変形性股関節とわかってから本当に関節の機能がなくなり人工関節に置換されるまで長い長い年月を要する。

廃炉になるまでの時間、股関節が機能を失うまでの時間、ともに長い年月を要する
個人の疾患と原子力発電を比べる事体本当に馬鹿馬鹿しいが、このように考えていかないと福島第一原子力発電所の社会に与えた被害があまりにも大きすぎてイメージができない。人は個人の感覚でモノゴトを判断する。実際、自身の記憶に残る体験と今現実におこっている状況を比べながら、どのように行動したらよいか判断して動いていくとおもうが、今日本で起こっている原子力事故は過去体験したことがない出来事であるから感覚的に捉えることが個人的にできない。でも何か比較する材料を自身で見つけ出さないといけないと思うから、自身がもつ苦しい体験と比較して考えていきたいと思う。

本当にテレビの評論家が話している情報を把握しても、それは専門家の視点であり個々の人々がもつオリジナルの捉えかたではないと思う。個人個人の情報の捉えかたはいろいろあってよいと思う。音楽をやっている人は音楽で、演劇をやっている人は音楽で、農業をしている人は農業で、株式に詳しい人は株式で、それぞれ個人が持つ個々の感覚でこの大惨事を捉えたほうが良いと思う。そのようにしないと何か画一的な誤った情報に押し流されてしまうような気がする。

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