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回想記、過去の記事より

回想記の詩はブログ開設当初投稿していたのですが、投稿記事が多くなったという理由で数年前今ブログから削除しました。この記事はブログ移転にあたり過去の記事を整理したとき、過去のファイルから出てきたものです。

以下の詩は二十歳の頃のメッセージです。懐かしいです。ちょうど大学受験に失敗して、体調も思わしくなく状態で、夜は眠れず昼間は眠たいという、現在でいう睡眠障害の状態でした。当然、勉強なんて全然できず、ただ机に向かってボーとする日々。だから何かしらのメッセージを書きたかったのでしょうね。勉強もしないで毎日訳のわからない文章を書いていました。この頃は脚の状態はなんともなかったのですが、やはり小さい頃からの疾患に関する刷りこみと明らかに変形している左股関節に対する漠然たる不安が心の中にあったんだと思います。常に不安。動きたいけど動くと以上に疲れる不安。身体と精神のバランスがとれていなかったのだと思います。

では以前今ブログに投稿した回想記の一記事です。

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銀河の海をもぐったら

銀河の海をもぐったら

一分も経たずに死んだんだ

何故だろう

僕なら三分は潜ってやる

明日、月と一緒に旅に出かける

昨日、月がそう言った

本当だよ

ねェ

宇宙っておおきよねェ

ずっとずっと広くて

ずっとずっと深いんだよねぇ

お魚なんか泳いでいて

海みたいでしょう

僕、気づいたんだ

あの星の光は魚の目ってことを

銀河の海を潜ったら

三分は潜ってやる

そして

お魚いっぱい獲るんだ

あー早く行きたい

二十歳の頃の詩。宇宙へのあこがれが感じられる。

宇宙というと宮沢賢治を連想してしまう。

宇宙というと宮沢賢治を連想してしまう。たぶん宮沢賢次の代表作「銀河鉄道の夜」のイメージが頭のなかにこびりついているためだろう。故郷の岩手をイーハトーブと名づけ理想郷とした宮沢賢治。今回の震災で変わり果てた故郷の姿を天国でどのようにみているのだろか。

イーハトーブは、エスペラント語ではないかという説がある。宮沢賢治がエスペラント語の使い手であったことは有名な事実であり、宮沢賢次の能力からすれば言葉遊びの一環でできる作業である。

エスペラント語は1880年代にルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工語である。英語やスペイン語のような民族語ではない。ある一定の規則をもった短時間で習得できる便利な言語である。だから本来世界共通語はエスペラントであるはずなのだが、何故か英語という枠組みができあがってしまっている。

日本の学校も宮沢賢次の作品を学校で教えるのなら、それと同時にエスペラント語も教えてエスペラントを介して英語などの民族語を教えたほうが効率的であると思う。

言葉は宇宙の星のようにバラバラでありながら、ある一定の規則性をもって成り立つ。だから言葉から生じる真理と宇宙など自然から生じる真理は、案外近いところでつながっているのかもしれない。宮沢賢治の作品は、そのような無限な感覚を教えてくれる。

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