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地方紙 社説より

4年前の記事です。今ブログの過去記事(変形性股関節症関連以外の記事)で一番反響があった記事だったのではないでしょうか。しかし当時何故こんな些細な問題で騒いだのだろうか不思議になります。この事件の最大の問題は些細なミスを犯罪と言い、そのことでとんでもない税金が消えていったことだと言えます。あれから誰もこの問題に関して検証をしていません。きちんと検証をして何が間違っていたのか調べ国民に報告をすべきだと思います。マスコミにはその責任があると思いますが、騒ぐだけで報道した説明責任を果たしていないと思います。(H27 10/13)

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地方紙 社説より

調書不採用 小沢氏の説明責任残る(7月8日 北海道新聞 社説より)

検事が作成した供述調書を全部は信用できない。裁判所がそう判断したということだろう。
小沢一郎民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の収支報告書虚偽記入事件で、東京地裁は、政治資金規正法違反の罪に問われた衆院議員石川知裕被告(道11区)ら元秘書3人の調書の一部について証拠として採用しない決定をした。
検事の取り調べに「威迫や利益誘導」などがあったというのが不採用の理由だ。裁判所が捜査のあり方に警鐘を鳴らしたものであり、検察は重く受け止めなくてはならない。
調書の不採用は、同法違反の罪で強制起訴された小沢氏の裁判の行方にも影響を与えそうだ。司法の判断を見守りたい。ただ小沢氏には、国会でも説明する責任が残っている。
不採用となったのは、石川議員が虚偽記入を小沢氏らに報告し、了承されたと認めた調書などだ。
決定書によると、検事は石川議員に「特捜部は恐ろしいところだ。何でもできるところだぞ」などと捜査拡大をほのめかし、検察側の筋書きに沿った供述を求めたという。
大阪地検特捜部の証拠捏造(ねつぞう)事件を受け、これまで特捜検事の作成した供述調書に疑問をあまり挟まなかった裁判所側が、証拠能力を慎重に吟味し始めたとみることもできよう。
一方、小沢氏は元秘書らとは別に、検察審査会の議決を受け強制起訴された。検察に代わって起訴した指定弁護士は、今回不採用となった調書を証拠請求している。
このため、今回の決定は小沢氏本人の裁判に有利になるとの見方も出ている。
だが、小沢氏には司法的責任とは別に政治的・道義的責任がある。同氏は事件について一度も国会の場で説明していない。
衆院政治倫理審査会(政倫審)にいったん応じるとしたが「2011年度予算成立後に」と先延ばしし、強制起訴された後は「法廷で説明する」と拒み続けている。
小沢氏は菅直人首相への批判を強め、首相退陣後の政局でも影響力を維持しようとしているようだ。その前に自らの疑惑に政治的な決着をつけなくてはならない。
元秘書らの裁判では、検察側証人の中堅ゼネコン元社長が、岩手県内のダム下請け工事受注のため、小沢氏側に1億円を提供したと証言した。5千万円ずつ2回に分け、東京都内のホテルのロビーや喫茶室で渡した、と具体的だ。
事実は公判を通じて解明されねばならないが、小沢氏には、自らの資金問題について国会で詳細を明らかにするよう重ねて求めたい。

地方紙の社説であるが、このブログのように自らの調査・取材をもとにして書いたものではなく、完全に他新聞社からの情報をもとに書いたものであると推測できる。もう少し地方ならではの独自の視点でこのような中央で起こっている問題をばっさり切ってもらいたいが、これでは大手報道機関の報道を鵜呑みにしたものであり面白くもなんともない。
この社説、一見筋がとおっていると思われるが内容はかなりおかしい。そもそも小沢氏の説明責任を求める行為は小沢氏が有罪であった場合に求める行為であり、裁判の結果が出ていない時点では推定無罪の原則からそのようなことを求めること事体かなり乱暴な主張だといえる。裁判結果が無罪だった場合、無罪の人に説明を求めるだろうか?むしろ説明を求めるのは起訴した検察審査会の関係者であり、調書を作成した特捜部にあり、そして裏金証言で社会を混乱させた中堅ゼネコン関係者ではないのだろうか?また小沢氏が国会の場で説明しないのは三権分立の立場から司法の場での問題を立法の場にもってくるべきではないと判断したため説明をしないだけであり、何ら問題のない行為だと思われる。

そもそも国会議員なら説明責任の必要があるという主張なら、何故石川議員にもおなじように説明責任を求めないのだろうか?しかも北海道選出の国会議員である。北海道の新聞紙なら岩手県選出議員の小沢氏ではなく北海道選出議員の石川氏に説明をもとめるのが筋だと思う。
東日本大震災後、地方分権を東北地域のみならず全国各地で真剣に考えなければならないと思う。
でも税制問題、エネルギー・原子力発電所問題、社会保障問題、食料・農業政策問題等、中央が主導してきた政策や方針がおかしいということが一般国民に目にさらされている現在、国・中央が主導して地方分権をおこなうことに何か抵抗感を感じるのは事実である。行うことは結構なことだが、その行為に対して国や中央官庁の監視役となる地方の目や感覚が必要となる。だから地方のジャーリズムは今後ひじょうに重要になってくると予想されるが、はたして中央のジャーナリズムが崩れている現在、地方のジャーナリズムにその監視役が務まるのだろうか?
上記のような社説を読むかぎり、このような主張では同じ地方に住んでいる者からみると何かがっかりする。中央での主張をそのまま地方に唱えるのでは誰でもできる行為であり、もし何か間違いが発生したとしても中央の報道機関が主張していたものですという言い訳もしやすい。

もしこれから同じように中央の主張をそもまま地方にもってくるようなら、地方分権もしょせん国・中央が唱える国・中央に都合の良い地方分権と化すだろう。10年前の市町村合併と同じような間違いをくりかえさないように、地方の報道機関にはくれぐれも地方独自の声や主張を無視した中央の情報下請機関にならないようお願いしたい。

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