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奇跡の人

 今日3月26日は、教育家・社会福祉事業家であったヘレン・ケラーが発生練習をはじめた日と記録されている。ヘレン・ケラー?発生練習?というとこれは舞台・映画「奇跡の人」の中で描かれた井戸の前でヘレンがウォーターと叫ぶ有名シーンがあった日ではないか?と勝手な想像をしてしまったが、奇跡のシーンは実際になかったらしい。完全なる創作であるみたいである。残念。

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奇跡の人 ヘレン・ケラー

 
 私が奇跡の人ヘレン・ケラーを知ったのは、美内すずえ作「ガラスの仮面」であった。たしか中学生の頃だったとおもう。この当時、ヘレン・ケラーという人も三重苦ということもよくわかんない学生であった。漫画でも主人公の北島マヤが舞台「奇跡の人」の主役の座をつかむため、ヘレンケラーになりきるため三重苦の感覚を理解しようと演技バカらしい努力シーンが次々に描かれている。たしか目に包帯を巻き耳栓をして、山奥の別荘に一人生活をするシーンがあったかとおもうが、これなんかその一例である。でも見ためでは三重苦を体感できるかもしれないが、実際に本当にこのような生活おくると三重苦が体感できるだろうか?

 Goo辞典では、三重苦を(さんじゅうく【三重苦】三つの苦しみが重なること。特に、盲・聾(ろう)・唖(あ)であること。)と書かれている。聾は耳が聞こえないこと。唖は話せないことである。

 目が見えないことは我々でも理解できる。でも耳が聞こえないことと言葉をはなせいこと、この2つの感覚を理解するのは義務教育をうけた一般人ではむずかしいと思う。特に唖者、話せない人の感覚である。

 
 話せない人も大雑把に分けて3タイプあると思う。①言葉を習得ないしは理解していないから話せないのか、②言葉を習得して理解できるけど精神的・身体的障害で話せないないのか、③その両方の原因をあわせもつものかである。話せないと一言で言っても様々である。さて奇跡の人・ヘレンケラーは、言葉を理解したわけであるから、②のタイプではないかと勝手な推測で判断する。

 
 聞こえない人においても、生まれたときから聴覚に障害がもっている「ろう者」と日本語等を言語を習得後に聴覚に障害が起き聴覚障害者になった聴覚障害者がいる。幼少期において聴覚に障害があることは、幼少期の言語習得に影響がでてくる可能性があるから、聾者と亜者がつながる可能性が高い。

 
 さて漫画の北島マヤであるが、北島マヤは無意識に幼少期に日本語をマスターしていので、言語習得ができない人の苦しみを理解することは演技バカであろうが天才であろうが無理である。たとえ「目が見えない」「耳がきこえない」「話せない」ということは彼女の憑依的能力でカバーでき演技ができても、言葉を理解できない感覚を言葉を無意識に習得している人が理解して、言葉(母語)を無意識に習得している観客に伝えることは、どう考えても無理である。でも舞台「石の微笑」で人形になりきって演技したこともあるし、ヘレン・ケラーもなりきれるのか?

 

ミラクル・ワーカー

 奇跡の人とは日本ではヘレン・ケラーのことと思われているが、本当は「the Miracle Worker」へレン・ケラーに奇跡を起こしたミラクル・ワーカーである家庭教師アニー・サリバンのことをいう。ヘレン・ケラーの家庭教師が「アニー・サリバン」なら、北島マヤの才能を見抜いた月影千草も奇跡の人ということか。

 
 空想で描かれる概念が世の中に与える影響は大きい。奇跡に人しかり。現実の世界も奇跡の人があらわれて欲しいものだ。ヘレン・ケラーのようなトップに国民の言葉を教えるア二ー・サリバンのような「the Miracle Worker」の出現をのぞみたい。

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