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胡坐(あぐら)

胡坐(あぐら)を組んだ経験は一度もない。小学校に入る以前に組めたかもしれないが、当時の記憶はほとんどない。あぐらを組む動作は日常生活において、出来てもできなくてもどうでもよい動作である。でもお酒の席になるとあぐらを組んで飲んでいるのと、そうでないとでは、まわりに与える印象は大いにかわる。正座は堅苦しいイメージをまわりにあたえるが、逆にあぐらはリラックスした印象を相手に与える。あぐらがかけないというのは座敷での宴会の席においてプレッシャーになるものである。だから座敷での宴会は苦手である。

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あぐらをかくことに幻想を抱くこと。どうでもよいことなのかもしれないが、ちょっとの身体的違いが大きな精神的負担につながる。

宮内庁のHPに「両陛下『お見舞い』に胡坐(あぐら)で応じた避難者に誰か礼儀を」という週刊新潮の記事(4月14日号)に関するコメントが載っている。宮内庁では外国人や身体の不自由な方がいるので非礼とは認識していないとの見解であるが、ありがたいことである。いくつかのサイト上で避難所を訪問する際に被災者と話し合う両陛下の写真が掲載されているが、非礼とかそのような感じで被災者と話し合われている様子ではない。記事にする側も被災された方に座り方うんぬんで礼儀とかいってられる立場なのだろうか。

江戸時代初期までは、正式な座法として胡坐(あぐら)やたち膝は日常的な座り方と認知されていた。戦国時代のドラマでも武将の座り方はあぐらである。正座が正式な座り方されたことになった理由は、江戸時代の参勤交代時に各地の大名が将軍に会う際の座り方が正座と決められ、それが全国に広がった等諸説ある。平安の江戸時代、将軍にとってあぐらを組んでさまざまな武士に会うより、長時間座っていると足がしびれ、さらにすぐに立つ動作のととりづらい正座のほうが襲われる心配がなく安心したのかもしれない。

私にはわからないが、あぐらはリラックスできるのだろう。それに比べ正座は、長時間座っていると足がしびれて立てなくなる。変形性股関節症の症状をもつ人はただでさえ脚の血行が悪いのだから、血管をさらに圧迫する正座は座り方としては良くないのだろう。でもそれしか座れない。たち膝や体育座りもあるが、たち膝はかなり座り方としては落ち着かないし、体育座りもあぐら同様に脚が曲がらなく上手く座ることができないと思う。

座り方ひとつでその人の身体状態がわかる。そのような社会が来ればよい。正座しか正式の場にしか認めない人は、あぐらをかけない人の気持ちがわからないだろう。あぐらをかくことに幻想を抱くこと。どうでもよいことなのかもしれないが、ちょっとの身体的違いが大きな精神的負担につながっていることを理解してもらいたい。

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