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跛行

この2週間はブログ引越し後の様々な設定にてんやわんやであった。設定の最中、過去の記事をいろいろ読み直してみた。もう忘れてしまった記事がいろいろあり正直自分自身で驚いてしまった。

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跛行

さていろいろな記事を読んでいるうちに変形性股関節症の記事において一つ書いてない内容が見つかった。それは跛行に関するものである。

現在私は跛行状態ではない。小学校入学前の手術後びっこを引きながら歩いていた記憶があるだけで、幸いにもそれ以後ひどい跛行状態になっていない。

現在は外傷、奇形、その他の疾患により正常な歩行ができない状態を一般的に跛行(ハコウ)と言うが、一昔前まではびっこを引くと言われていた。(跛はびっことも読む)私も学生の頃はびっこびっこと言っていた記憶があり、実際私自身びっこと呼ばれていた時期もある。現在、びっこを引くという言葉は差別用語に指定され公的な場では死語となってしまった。でも私はよりびっこという言葉にほうが正直ピンとくる。びっこが差別なのかなと不思議に思うが、脚の状態をうまく表現した言葉だと思うので、昔のように普通に使うべきだと思う。

現在は自身のハンディを自身の個性として捉え、社会性を見出している人がたくさんいる。障がい者はその代表的存在といえるが、その発想から考えればびっこという言葉は単に脚の状態を表している言葉であり、差別でもなんでないと思える。 確かに過去に脚を引きずる人を差別をしていた時代があったかもしれないが、それは社会の共有概念の問題であり言葉自体の問題ではない。

最近某自治体の市長が「「障害者」という言葉を「障がい者」と置き換えることには反対」というツイートをして反響を呼んだが、それと同じで表現をソフトにしたり言葉自体の使用を禁止しただけでは社会は何も変わらない思う。

社会で生活するうえで差別はなくならないと思う。人が生きていくうえではある一定の序列が起こり、誰かしらが優遇され誰かしらが冷遇される。冷遇されることは差別的行為つながるかもしれないが、それを言葉のみで対応で改善しようとする発想自体おかしいと思う。びっこを引いて何が悪いか、それぐらいの気持ちで生きていれば別に言葉の使用だけで差別につながらないと思う。むしろ言葉自体の使用を禁止する行為が、差別的発想を招く行為だと思う。時代によって言葉は変化するのだから、差別用語も良いイメージに変化されば何も問題はないかと思う。

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