191/570

高齢者の転倒(ネット記事を見て)

転ぶこと。転倒は高齢者を含め股関節症の疾患をもっている人には重要な問題であると思う。そもそも私の脚の異常も周囲の人がよく転ぶ子供だねと気づきはじめたことが発端である。だから転ぶという身体のシグナルは個人的には重要なものだと考えている。以下、医学書院/週刊医学界新聞(第2939号 2011年8月01日)から転載
高齢者を包括的に診る老年医学のエッセンス
【その8】The Geriatric Dilemma――転倒
大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)

「転倒」の専門家
日々の高齢者診療において転倒ほど日常的に遭遇し,本人の心身に対するダメージが強く,医療機関受診や検査などの医療リソースの利用と関連している健康イベントはない。筆者が米国で老年医学を研修し始めてまもなく,「転倒」の専門家がいるのを知って思わず噴き出しそうになったが,彼らがNational Institute on Aging(米国加齢研究所)から多額の研究資金を継続的に提供され,運動生理学者や神経心理学者,理学・作業療法士などと精力的に日々研究を行っているという事実を知れば,米国の医療界がいかに高齢者の「転倒」を問題視しているのかわかる。 / 欧米からの疫学報告では,65歳以上の地域在住の高齢者の3割以上が転倒を経験し,そのうちの10%が骨折や脳挫傷などの重篤な外傷を受けている。転倒は外傷の有無にかかわらず,老人ホーム入所の最大の危険因子である

―省略―


転倒外来=老化外来?
筆者が留学していたミシガン大学老年医学センターでは「転倒外来」なるものがあり,そこでの研修は非常にインテンシブだった。限られた時間の中で,下肢の長さから深部感覚,認知機能,前庭機能に至るまで,一般老年科外来以上の包括的かつ詳細なアセスメントを求められた。この研修を通して,転倒は究極の老年症候群であり,その評価とはすなわち老化そのものの評価であることを実感した。また,評価を通じて発見した転倒危険因子には介入不能なものも多いが,介入可能なもの,例えば視力や聴力の矯正や,服用薬物の整理,環境整備などを積極的に行うことは重要であると教わった。
現在,世界中でRCTなどの手法を用いて多岐にわたる転倒防止介入の評価が盛んに行われている(Ann Intern Med. 2010 [PMID : 21173416])。多職種による転倒防止総合プログラムのような多因子介入は,おそらく研究により介入方法が一様ではないために効果を検出しにくいのであろう。メタ解析にて運動やリハビリテーションプログラム,ビタミンD製剤の服用による統計学的な転倒防止効果が検出されているが,いずれの効果も臨床的には小さくコンプライアンスの問題もあり,実地臨床での有用性には疑問が残る(註)。また認知機能障害を持つ高齢者への介入の有効性は乏しく,転倒リスクや転倒防止がいかに認知機能に関連しているかをうかがい知ることができる。

―省略―


高齢者のなかには,転倒後にうつ症状を呈したりせん妄状態になったりする人もいる。このことは,転倒が身体的のみならず精神的にも多大なダメージを与えることを示唆している。多くの加齢性身体変化のなかでも,転倒ほど自身の老化や虚弱化を実感させられる人生イベントはなく,特に初めて転倒を経験した高齢者には,心理面での特別な配慮が必要だろう。
転倒させないため(リスクを低下させるため)に歩行補助具を導入し「自立歩行(independence)」を妥協するのか,「転倒リスクの最小化(safety)」を犠牲にして自立歩行欲求を尊重するのか……。老年期の転倒による精神的ダメージやsafety vs. independenceのジレンマは,人間が2本足で直立歩行できるという他の動物にはない恩恵にあずかっている故の宿命であり,それらへの対応は転倒の予防と併せ,医療界だけでなく社会全体が真正面から取り組むべき重要な問題であろう。

スポンサーリンク

転倒はバリアーフリー以前の問題

上記記事において驚いたことは、アメリカに「転倒外来」なる専門の診療科があるという点である。さすが「痛みの10年」(Decade of Pain Control and Research)宣言をして痛みをめぐる様々な問題に国家的規模で取り組むことを表明した国だけある。痛みの要因となりうる転倒もきちんと力をいれているということか。

転倒は、日常の動作におけるエラー動作におけるポピュラーなエラーである。それだけに軽視されがちである、でもそれは健常者側からの視点であり脚に不安をもつ側の人間からすると大きな問題である。だから転倒に関する危険&不安心理に関してもっと声を大にして社会にうったえないといけないと思う。

さてそこで出てくるのがバリアフリーという概念である。個人的にはこのバリアフリーは好きではない。一般的に考えられているバリアフリーはお年寄りや障がい者にの歩行等の障害を取り除くという意味もあるが、何か建物や都市構造的なハードな面を利用者に使いやすいようにすれば良いという発想だけで、それをすれば社会全体で障がい社やお年寄りの支援をしていますよという風潮が根底にあるような気がする。実際建物や都市の使い勝手は個々の身体状態や個々の精神状態で異なる。確かに床をフラットにしたら歩き易くなるとおもうが、それだけでは不十分である。実際、住宅とか施設等の建物利用する際にどのような身体的条件で利用するか把握しておくかが大切であり、そこで生活を行う場合の対処法といったプロセスが重要になってくると思う。バリアフリーにするしないという問題は、そのプロセスの目標設定が変わるだけであり、対処法がなければいくら建物をバリアフリー化しても意味がないと考える。

転倒はバリアーフリー以前の問題であり、転倒する可能性の高い人は転倒する原因を改善しない限りいくら歩きやすい環境をつくっても、やはり転倒してしまうと思う。だから転倒防止を社会全体で取り組み、それを前提にしてバリアフリー化を推し進めていくほうが個人的にはベストな流れだと思う。でも転倒は転んで歩くことに不安をもった人しかわからない恐怖であるから、それを健常者の転倒と区別して社会に認知してもらうことは難しいことだと思う。

スポンサーリンク
ご訪問感謝いたします。

当ブログ訪問感謝致します。今記事はいかがでしたでしょうか?もしご意見・感想等ありましたら記事上部メニュー問い合わせより連絡お願いいたします。

facebook&twitterでも問い合わせ歓迎です。

  FACEBOOKページ よるのさんぽずき

  twitter:よるのさんぽずき

ブログ管理人 よるのさんぽずき

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク
191/570