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鼻から連想すること

昨日8月7日は鼻の日だそうで、「は(8)な(7)」の語呂合わせから毎年8月7日を「鼻の日」と制定したみたいである。
鼻というと、天狗の鼻とか、童話「ピノキオ」の鼻とか、大きく伸びるものを連想してしまう。そういえば童話の世界では、例えば不思議の国のアリスとかピノキオの鼻とか、ストーリーのなかで主人公や主人公の鼻とか足とが大きくなったり小さくなったりするはなしが度々ある。これは一説によると男性器を象徴したものであるとも言われているが、その心意は作者しかわからないものかと思う。

さて童話のピンキオというと、ディズニーの映画やテレビアニメ、舞台など様々なところで使われ日本で知らない人がいないと思われる程有名な物語であるが、その番外編とも思われる1976年におきた童話ピノキオに関しての回収騒動もけっこう有名である。

1976年11月、名古屋在住の人物が「オールカラー版 世界の童話」(小学館)を自分の子供に読み聞かせていたところ、作中の「びっこのキツネ」「めくらのネコ」という箇所を指摘し「五体満足で利口な主人公を『期待される子供像』として描いている反面、他の障害を持つキャラクターを社会の落伍者として描いており、差別を拡大助長させる童話であり看過できない」と出版社に抗議した。小学館側はこの抗議を検討し、自社から出版していた5種のピノキオ本のうち4種を「差別的表現があった」と認め回収した。「最新版の『国際版少年少女世界文学全集』については、めくら、びっこ、などの表現は無いので回収しない」旨を告発者に謹告した。しかし告発者は「障害者差別を許さない―まず『ピノキオ』を洗う会」を結成し、小学館に対し、国際版の回収、回収方法に対する具体策の提示、自己批判の文章の提出、自社全出版物の点検と報告、を要求した。しかし小学館側は国際版の回収には応じられないとして、告発者と対立した。次に告発者はマスメディアに向けてアピールを行い、社会問題へと発展する。(wikipedia:ピノッキオの冒険より)

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「びっこ」という差別表現

「びっこ」が差別表現ということを、このピノキオ騒動のはなしを聞いたときにはじめて知った。今はひどくないが、子どもの頃に脚の手術をした直後はかなりひどり跛行状態であった。まともに歩けないから、当然同じ小学校の人達にからかわれる。それが差別だとは、なんだか悲しすぎる。

誰でも脚の病気や歳をとり筋力が低下して歩行が困難になる可能性がある。だからそのような状態を容認する姿勢が必要である。言葉ひとつで障がい者とか健常者というイメージづけをして差別とか差別ではないという議論をしていても意味がない。当時者とってはそんな表面的なものはどうでもよいものであり、仮にその言葉が使われてなくなっても脚の悪い人の脚が良くなるわけではない。

個人の表現は自由である。だから童話や小説が成り立つわけで、その原則を社会のイメージで勝手に変えてようとする風潮のほうがよほど恐ろしい。物語の心意は作者しかわからず、それと同じように障がい者の心意も当事者しかわからないものではないかと思う。

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