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35年前の手術 その2 (入院時の記憶)

今日のトレーニング

・平泳ぎ 300m
(平泳ぎは腰・股関節の負担がかかると言われていますので、ご注意を!)
・クロール 200m
・バタ足  100m
今日、私が利用した時間は私のほかに誰もプール利用者がいなかった。そのためのんびり泳げた。あいかわらずプールの監視は2名以上の体制。監視カメラをプールに設置して事務所と監視員の連携体制を築けば、利用者がすくないときは1名でも問題ないと思うのだが、時間帯によっては私ひとりの利用に3名の監視がついてすごく泳ぎづらい。なんとかならないかな・・・・

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35年目の手術(入院時の記憶)

35年前の入院にかんして、もうかなり時間がたっているので記憶があいまいである。50日入院したらしい。手術後、石膏で左脚を全体をかぶせ、抜歯後、ある程度日数がたった後、ギブスで固定させられたようだ。ギブスをしていたのが入院中だったのか、自宅療養中だったのかは、記憶が前後してもうわからない。太股を内向きさせ膝からつま先にかけ外に足をまげるような形になる「くの字型」のギブスだったような気がする。だから私の左脚は内側にむいている。
入院中、退院後の専門のトレーニングルーム等に入ってのリハビリ訓練の記憶が全くない。家の戸のさん等につかまりながら移動していた記憶があるので、ギブスを取ったあとの何日間は歩けなかったと思う。そしてどうやって筋力がもとにもどって歩けるようになっていったのか、その記憶はほとんど残っていない。ただ6月から小学校に行ったのだが、その当時跛行がひどく、近所の子供がその歩き方をからかい半分面白おかしく真似ていたようだ。それを見た母がかなり憤慨したらしく数年後当時の様子を私に話してくれたが、跛行していたことから、やはり相当筋力は落ちていたと思われる。

あと35年前の記憶は、入院中、小学校の入学する前とのことなので、病室で「あいうえお」とひらがなの読みの練習を看護婦さんとしていたことぐらいで、ほとんど忘れてしまった。

義手の人、義足の人、足の針金を入れている人等、なにかたくさんいろいろな人が入院していたと記憶しているが、ほんとにぼんやりとした記憶だけではっきり思い出せない。
あーそうだ!手術前夜、「明日は手術だからたくさんたべようね。」と母と話してごはんを食べたことを今でも憶えている。それ以外の記憶は全部消えたが、何故かあのときの言葉が脳裏から離れない。

子供の頃の記憶はあいまいだが、不思議とある特定のシーンや会話だけはいつまでも頭のなかで生きつづけ消えてなくらない。たぶん死ぬまでその記憶は私の中で生き続けるだろう。若いころはその記憶がすごく嫌だったが、もう私のなかでは時効だよと、なにか最近はその記憶をよみがえらせて魂を入れてやろうと思う。記憶も私の一部なのだから認め私の財産のように大切にしたいと思う。

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