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The Catcher in the Rye

1951年の7月16日にJ・D・サリンジャー原作 小説「ライ麦畑でつかまえて」が発刊された。小説「ライ麦畑につかまえて」は、主人公のホールデン・コールフィールドが3校目に当たるボーディングスクールを成績不振で退学させられたことをきっかけに寮を飛び出し、実家に帰るまでニューヨークを放浪する3日間の話である。要は落ちこぼれの少年の話であるが、これが正直心にグサッと突き刺さる。

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二輪馬車

小説においてアメリカの詩人「エミリー・ディキンソン」の名前が出てくる。日本人にとってあまり馴染みのない詩人であるが、英文科等を選考された方からすれば、知らなければ潜りと思われてしまうほど超有名偉大な詩人である。

エミリー・ディキンソン – Wikipedia(Emily Elizabeth Dickinson、1830年12月10日ー1886年5月15日)はアメリカ詩人。生前は無名であったが、1700篇以上残した作品は世界中で高い評価を受けている。(エミリー・ディキンソン– Wikipediaより)

エミリー・ディキンソンの有名な詩のひとつに「二輪馬車」という詩がある。

私が「死」のために立ち止まれなかったので
「死」がこころよく立ちとまってくれた
馬車には私たち二人
そして「不滅」とだけ

私たちはゆるやかに駆けた 彼は急ぐ様子もない
私はこの世の仕事も暇も
捨て去った
彼の親切に答えようとして

遊び時間に子供たちが輪になって群がる
学校を過ぎた
こちらを見つめている田畑を過ぎた
沈んでいく太陽も超えた

あるいは太陽が私達を越えていったのか
露は震えぞっとするような身体を寄せあった
なぜなら私のガウンは子蜘蛛の巣
私の肩掛けは薄絹の網

私たちは止まった
地面が幾分盛り上がったような家の前に
屋根は見えるか見えないかというほど
軒の蛇腹はただの土の塊り

それから何世紀がたったろう
だがその一つとて一日より短かく思われる
永遠を指して馬を向かわせたと
私が信じたあの一日よりも

「詩集 自然と愛と孤独と」 P162~p164 №103
発刊:国文社 E.ディキンスン 訳者:中島完 より

毎日の生活はある意味突風吹き狂う嵐に身を置く状況

何故だろう?ライ麦畑につかまえてというとE.ディキンスンを連想してしまい。E.ディキンスンというとE.ブロンテと連想してしまう。

E.ブロンテというと嵐が丘。毎日の生活はある意味突風吹き狂う嵐に身を置く状況かもしれない。逃げてはなにもならない。逃げても不安は弱い心を捕まえようと襲ってくる。『私の魂は怯懦しない』今自分に必要なメッセージなのかもしれない。

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